5月から3カ月間続けたブログ更新強化月間が終わり、少しネタに困っていたある日。X(旧Twitter)を眺めていると、「モータースポーツ競技(ジムカーナ含む)ならレーシングスーツを着るべき」という数多くの投稿が目に入った。
事の発端はジムカーナをやっている方の「ジムカーナのレーシングスーツやめない?」という投稿だったようだ。この投稿がモータースポーツにおける安全性を軽んじていると思われたようで、「競技ならレーシングスーツを着るべき」という多くのリプライやお気持ちポストで溢れていた。
JAF公認のレース競技に出場していると、レーシングスーツ着用は常識のように思える。しかし、同じJAF公認競技でも種目が変われば規則も変わる。実はレースとラリーとジムカーナでは義務化されている装備が違うのだ。私自身もその事実を知ったのは最近だったりする。それ以来、レース以外の競技における装備規定を少しずつ調べてきた。今回は、その中からレーシングスーツに関する部分だけを整理し、私なりの考えをまとめようと思う。
この記事の目次(クリックでジャンプ)
- 結論|ジムカーナはレーシングスーツ着用を選択できる自由さを残すべき
- JAF競技規則と大会規定の違い
- レーシングスーツは4種類存在する
- └ 1. カート用レーシングスーツ(耐火炎性は非対応)
- └ 2. レーシングスーツ風のツナギ(耐火炎性は非対応)
- └ 3. 耐火炎レーシングスーツ(FIA非公認)
- └ 4. FIA公認レーシングスーツ(耐火炎性に対応)
- 競技種目ごとの使用可否
- レーシングスーツに求められる安全性能は大きく2つ
- レーシングスーツは万能ではない
- 安全確保は装備品だけでは成立しない
- FIA公認品はF1を元に規格が作られている
- 市販車を用いた競技ではどうなのか?
- 競技種目ごとに義務化装備が異なる理由
- 改造車が話をややこしくしている
- レーシングスーツのデメリット|暑さで命を落とすリスク
- 義務化は参入障壁になるのか??
- これからジムカーナをはじめる人へ服装のアドバイス
- まとめ|安全と参加しやすさの両立を
結論|ジムカーナはレーシングスーツ着用を選択できる自由さを残すべき
ジムカーナはJAF公認のスピード競技でありながら、装備品の義務は競技会ごとに異なる。多くの競技会ではレーシングスーツ未着用で参加できるが、義務化している競技会もある。
安全性向上の観点から義務化したほうが良いのではという考えは理解できる。しかし、暑さによる熱中症リスクや装備購入の費用負担といった現実的なデメリット、さらには新規参入者の心理的ハードルを考えると、現状の「未着用でも出場できる」環境を残すべきとうのが私の結論だ。なぜその結論に至ったのか順を追って説明していく。
JAF競技規則と大会規定の違い
レーシングスーツの義務化状況を正確に理解するには、大元のJAF競技規則と、全日本選手権や地方シリーズの競技規則を比較する必要がある。まず全ての元となるJAFの規則が下記になる。
JAF国内モータースポーツ諸規則(スピード競技開催規定)
第17条 競技中はレーシングスーツ、レーシングシューズおよびレーシンググローブの着用が望ましい。
ここでいう「着用が望ましい」とは、あくまで推奨であり、着用しなくても出場は可能という意味だ。つまり大元のJAF競技規則では義務化されていないことになる。続いてトップカテゴリーの全日本選手権の競技規則が下記だ。
全日本ジムカーナ選手権統一規則
第19条 競技中はレーシングスーツ、レーシングシューズ、レーシンググローブの着用を義務付ける。
トップカテゴリーである全日本選手権では、一転して義務化される。安全性重視の姿勢は納得できるだろう。ただ意外だったのは耐炎性の文言が無いことだ。最後にJMRC関東シリーズの競技規則が下記だ。
JMRC関東ジムカーナシリーズ共通規則
オールスターシリーズでは難燃性または耐炎性レーシングスーツを義務付ける。ただし、都県シリーズは長袖・長ズボンでも可。
これらからわかるように、同じジムカーナでも主催者やクラスによって義務の有無が大きく異なる。Xの投稿は、この「本来は義務化されていない装備を一部大会で義務付けること」に疑問を呈していた可能性が高い。
レーシングスーツは4種類存在する
先に紹介した規則書の文面を読んで「あれ?」と思った人もいるかもしれないが、ひとえにレーシングスーツと言っても実は4つの種類がある。これは初心者が混乱しやすい要因のひとつでもある。以下にそれぞれの特徴を説明する。
1. カート用レーシングスーツ(耐火炎性は非対応)
レーシングカート競技に出場する際に着用が義務付けられているスーツ。耐火炎性能は持たないが、擦れや引き裂きに強い生地を使用しており、クラッシュで車両から投げ出された際にも破れにくい構造になっている。
FIA公認レーシングスーツに比べると安価で、比較的入手しやすい。ただし見た目がFIA公認品と似ているため、通販などで購入する際には表示やタグをよく確認しないと間違える危険がある。
2. レーシングスーツ風のツナギ(耐火炎性は非対応)
現在ではほとんど見かけなくなったが、かつては作業着以上・レーシングスーツ未満といった製品が存在した。ベースは作業着なので薄手で動きやすく、燃えにくい生地を使っている場合もあるが、基本的には耐火炎性能はないと考えたほうがよい。
価格は非常に安価で、安いものであれば1万円台から入手可能。外観だけレーシングスーツに近づけたい場合や軽作業用として使われることもあった。
3. 耐火炎レーシングスーツ(FIA非公認)
難燃性や耐熱性を持つ生地を使用したスーツ。FIA公認品より生地が薄く、動きやすいのが特徴で、価格も比較的安価。ただし、日本国内で市販されている既製品は数が少なく、場合によってはセール品のFIA公認スーツより高くつくこともある。
特注のフルオーダーで仕立てる場合はコストを抑えられるケースもあり、JAF非公認のレースやラリー競技で好まれることが多い。
4. FIA公認レーシングスーツ(耐火炎性に対応)
FIA(国際自動車連盟)が定める厳格な試験基準をクリアしたスーツ。最新規格は「FIA 8856-2018」で、襟後部に公認ラベル、ファスナー裏に偽造防止ホログラムステッカーが縫い込まれている。
耐火炎性能や縫製強度など、全ての面で最高水準の安全性を備えている反面、価格は高額で、エントリーモデルでも数万円、高品質モデルでは十万円を超えることも珍しくない。
競技種目ごとの使用可否
ここまで紹介した4種類のスーツが、実際にどの競技で使用可能なのかをJAFの競技開催規則に基づいてまとめると、次のようになる。
レース | ラリー | スピード競技 (ジムカーナ含む) | |
---|---|---|---|
長袖・長ズボン | × | × | 〇 |
カート用 レーシングスーツ | × | × | 〇 |
レーシングスーツ風 のツナギ | × | △ | 〇 |
耐火炎 レーシングスーツ | × | 〇 | 〇 |
FIA公認 レーシングスーツ | 〇 | 〇 | 〇 |
×:着用不可、△:耐火炎性があれば着用可、〇:着用可
筆者は長らくレース競技だけに参加してきたため、ラリーでFIA公認装備が義務化されていないことを最近知った。また、スピード競技において長袖・長ズボンでの参加が可能であることも意外だった。ではなぜジムカーナを含むスピード競技で義務化されていないのかを考えていく。
レーシングスーツに求められる安全性能は大きく2つ
そもそもレーシングスーツは何のために着るのか。筆者が知る限り、求められている安全性能は大きく分けて次の2つがある。
耐火炎性能(難燃と耐熱)
万が一、車両火災が発生した際に、運転席から脱出するまでの間、炎からドライバーを守る性能を持たせている。FIA公認の規格によれば、炎にさらされても約10秒間はスーツ自体が燃えず、内部温度も火傷しないレベルに抑えられる。ただし注意が必要なのは、レーシングスーツは不燃ではなく難燃であり、10秒を超えると燃える場合があるという点である。
救出性能(肩バンド)
万が一、クラッシュでドライバーが気を失った時や、運転席から脱出困難な怪我を負った時に、救出班がレーシングスーツを掴んで車外に引っ張り出せるように肩部にバンドが設けられている。FIA公認の規格によると、このバンドには375N(約38kgf)以上の引っ張り強度が定められている。さらにレーシングスーツのすべての縫製にも強度が定められており、レーシングスーツのどこをつかんで引っ張っても破れにくいように作られている。
レーシングスーツは万能ではない
ここで考えたいのは、この約10秒という耐火炎性能が長いのか短いのかという点だ。火災時にドライバーが無傷で意識があれば、10秒以内に運転席から脱出することは難しくない。しかし、自力で動けない場合は救出班の到着を待つしかなく、消火活動に時間がかかれば命を落とすこともある。つまり、レーシングスーツは「完全に守ってくれる装備」ではなく、「わずかな時間の猶予を作る装備」にすぎないことを忘れてはいけない。
安全確保は装備品だけでは成立しない
では、10秒しか持たない装備を着る意味はないのかというと、そうではない。モータースポーツにおける安全確保は、以下の4つが組み合わさって初めて成り立つ。
- 走行環境
- 車両性能
- 装備品
- オフィシャル(救出班)の体制
この記事では、このうち「レーシングスーツの耐火炎性能」に焦点を絞り、他の条件との関係を考えていく。
FIA公認品はF1を元に規格が作られている
FIA公認レーシングスーツは、モータースポーツの最高峰であるF1の走行環境を基準に規格が作られていて、安全性能は世界最高性能となっているが、F1で使われるレーシングスーツも市販されているFIA公認レーシングスーツも性能は同じとされている。走行環境に関しては最高時速300kmを超えのため、クラッシュ時の火災発生リスクは極めて高い。さらにオープンコクピット構造のため、炎から身を守る車両性能はほぼないといってよい。一方で、オフィシャルは世界最高レベルの練度と厳格な体制を備えているため、消火活動や救出活動のスピードは世界一と言っていいだろう。つまりリスクの高い走行環境と車両性能に対して、最高性能の装備品と最高水準の救出班で安全性を確保しているのがF1ということになる。
市販車を用いた競技ではどうなのか?
F1とは対照的に、市販車を使った競技では車両性能側の安全性が高くなる。エンジンや燃料タンク、燃料配管などは運転席とは鉄板で隔てられたキャビン外に配置されており、炎がすぐに乗員に達することは少ない(オープンカーは除く)。また、内装材には難燃素材が使われているため、熱や炎の侵入を一時的に防いでくれる。これは、レーシングスーツの役割の一部を車両側が担っていると言える。
走行環境とオフィシャル体制は競技種目で異なる
市販車競技と一口に言っても、レースとジムカーナでは条件が大きく異なる。
レース競技
JAF公認サーキットは全国に数か所しかないが、最もコンパクトな筑波サーキットでもバックストレートエンドでは時速180kmに達する。F1と比べると低い速度域とも言えるが、市販車が一般道を想定して作られているクルマであることを考えると、これは一般道を走ったときよりも遥かに高い速度域である。オフィシャル体制は非常に充実しているが、F1同等とまではいかない。レース競技でレーシングスーツが義務化されているのは、市販車が想定している安全性よりも高い速度域で競技が行われるからだろう。
ジムカーナ競技
一方でジムカーナのコースはパイロンで自由にレイアウトが可能。高速コースにもできるが、初心者向けに低速コースにすることでリスクを抑えることもできる。しかも1台ずつの走行で接触リスクはほぼない。オフィシャル体制はコース規模やリスクに応じて縮小され、大規模サーキット並みの人員は配置されない。
競技種目ごとに義務化装備が異なる理由
F1のようなリスクの高い競技では最高水準の装備品とオフィシャル体制が求められるが、市販車競技はリスクが低いため装備義務も緩やかになる。
特にジムカーナではコース難易度や速度域によって必要な安全装備が変わるのも当然であり、主催者ごとに義務化方針が異なる背景はここにあると考えられる。
改造車が話をややこしくしている
JAFはジムカーナをモータースポーツの入門カテゴリーに位置づけてきた経緯がある。フルノーマル車で低速コースを走り、安全に運転技術を磨く場として想定していたのだろう。しかし現実には、免許を取ったばかりの初心者でもマフラー交換やエンジンチューニング、内装撤去などを施した改造車で参加することがある。こうした車両は速度域も高くなりハイリスク化しやすい。結果として主催者は安全のためレーシングスーツ着用を求めざるを得ないが、義務化すれば参加者が減る恐れがある。このジレンマが「着用が望ましい」という中間的な表現につながっているのだろう。
レーシングスーツのデメリット|暑さで命を落とすリスク
レーシングスーツのデメリットとして真っ先に挙げられるのは価格だが、もう一つ見逃せないのが「暑さ」である。近年の夏は35℃以上の猛暑日が続き、40℃超も珍しくない。高温下でのレーシングスーツ着用は熱中症のリスクを高め、集中力低下による運転ミスも誘発する。レーシングスーツを着ることによる危険性も見逃がすことはできない。もしレーシングスーツ着用を義務化するならば、主催者は日陰の休憩所やミスト扇風機、スポットクーラーなどの暑さ対策を整える必要がある。レース競技ならばサーキットに屋根付きピットや休憩所が完備されているが、ジムカーナ場では暑さ対策が不十分な施設も多いのかもしれない。
義務化は参入障壁になるのか?
もう一つの大きなデメリットは、初めて参加する人にとっての心理的ハードルである。FIA公認スーツでなければ数万円程度で購入でき、中古や安価な選択肢も存在するが、そうした情報にたどり着くこと自体が初心者には難しい。義務化は、装備購入に不安を感じる層の参加をためらわせ、結果として競技人口の減少につながりかねない。冒頭にも書いたが私の結論は、現状の「未着用でも出場できる」環境を残すべきだと思っている。
これからジムカーナをはじめる人へ服装のアドバイス
最後に、これからジムカーナをはじめる人へ服装のアドバイスをしておこうと思う。
フルノーマル車で出場する人
出場するクルマがフルノーマルの場合は、基本的に長袖・長ズボンであれば問題ない。欲を言えば下は昔ながらのジーパン(ストレッチ性の無いモノ)に、上は半袖のTシャツに長袖の上着を着るのが温度調整もできておすすめだ。
改造車で出場する人
改造車で出場する人は100%綿製の作業ツナギがおすすめだ。綿製であれば化学繊維のものより燃えにくく、ツナギであれば救出で作業ツナギを掴んだ時にも脱げることが無い。そして頻繁にジムカーナ競技に出場するようならば、段階的に装備品を揃えていくようにしよう。
まとめ|安全と参加しやすさの両立を
レーシングスーツは、耐火炎性能や救出性能を備えた重要な安全装備であることは間違いない。しかし、ジムカーナに限っては競技特性や車両条件により、リスクを抑える方法が多様に存在する。安全性と参加しやすさ、この絶妙なバランスこそがジムカーナの魅力であり、競技の裾野を広げるためにも「未着用でも参加できる自由度」を残していくべきだ。
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