今月から Amazon Prime で湾岸ミッドナイトのアニメ版を見られるようになった。そのためか、SNS では湾岸ミッドナイトに関する投稿が増えてきている。筆者はちょうど 1 年ほど前に友人から原作漫画を借りて、2 カ月ほどかけて読了した。その時の感想は別の記事にまとめてあるので読んでもらいたい。
原作を読んでから 1 年経ったし、「アニメ版も見てみるか」と思い再生してみたが、物語の展開を知っていることと、見ていて物足りなさと違和感を感じて 2 話目で視聴するのをやめてしまった。そこで、最近のクルマやモータースポーツを題材にしたアニメは、高確率で 2 話切りしてしまっていることに気がついた。
この記事では、筆者が直近で 2 話切りしたアニメを振り返りながら、筆者が感じている物足りなさと違和感を紹介しようと思う。
目次(クリックでジャンプ)
結論|非日常を“リアル”に描こうとするほど魅力が薄れる
最近のクルマ系アニメを 2 話切りしてしまう最大の理由は、非日常であるはずの走行シーンが、リアル志向の演出によって逆に迫力を失っていることにある。
モータースポーツの速度域は日常生活では体験できない領域だ。だからこそ、アニメならではの誇張表現や演出が必要であり、そこに“説得力”を持たせることが作品の鍵になると筆者は思っている。
ところが昨今の作品は、妙に抑えた演出や実写寄りの表現に寄りすぎることで、速度感が伝わらず、非日常のドキドキ感が消えてしまう。
その結果、原作既読で展開を知っている作品ほど違和感が際立ち、視聴が続かない。
一方で『capeta』や『オーバーテイク!』のように、多少の違和感があっても物語の熱量で押し切る作品は、最後まで見続けることができた。
結局のところ、クルマアニメに求めているのは「リアルさ」ではなく、**心が揺れる“説得力のある表現”**なのだと強く感じている。
2話切りしてしまったアニメ
【アニメ】湾岸ミッドナイト|首都高クルージング
主人公・朝倉アキオが「悪魔の Z」と呼ばれる S30 フェアレディ Z に乗り、首都高でバトルを繰り広げるのが本作の基本構成である。筆者は原作既読である。
漫画原作が 1990 年開始、アニメ放送は 2007 年。漫画の画風が古くて読めないという人には、アニメ版のほうが見やすいだろう。
違和感を覚えたのは、首都高でのバトルシーンだ。法定速度を大きく逸脱した戦いのはずなのに、流れる景色から推定できる速度は 80~120km/h 程度にしか見えない。漫画版ではセリフや構成で緊張感が描けていたが、アニメではそれが皆無だった。
この違和感を覚えてしまった瞬間から、子供だましのアニメに見えてしまい視聴を打ち切った。
【アニメ】MFゴースト|恋が可愛くなり過ぎ
自動運転が普及した近未来の日本。合法の公道レース「MFG」に、ある目的を胸にイギリスから来日した若き天才ドライバー・片桐夏向(カタギリ・カナタ)が参戦する。MFG を通じて、人々との出会いや成長、そして隠された過去が明かされていく物語となっている。この作品も筆者は原作既読で、その時の感想は別の記事にまとめてあるので読んでもらいたい。
漫画原作の連載開始は 2017 年からと比較的新しい作品で、アニメ放送は 2023 年から開始され、現在までに 2nd Season まで放送されている。
原作者である “しげの秀一” 先生の描く人物作画は独特なため、リデザインされたアニメ版のほうが見やすいのは間違いない。しかし、バトルシーンのクルマ作画の迫力は、アニメの 3D アニメーションをもってしても原作漫画のほうが圧倒的に上と言わざるを得ない。
ただし、視聴を打ち切った理由は別にある。それは、美男美女という設定の主人公とヒロインが、漫画原作だと作画でナーフされてブチャイクだったのに、アニメ版ではしっかり美男美女になっていたからだ。ちなみに筆者は美男・美少女系のアニメに抵抗があり、基本的にマイナス評価からはじまる。言い方を変えると、この抵抗感にバトルシーンの作画の魅力が上回れなかったことにある。
ハイスピード エトワール|どう見てもLowスピード
近未来の日本を舞台に、最高時速 500km/h を超える次世代レース「NEX Race」が誕生する。元バレリーナで夢を失った少女・輪堂凛が、ひょんなことからレーシングドライバーとしてデビューし、超高速レースの世界へ飛び込む物語である。
サイバーフォーミュラー好きとしては非常に期待していたアニメだったのだが、結果としては 2 話で視聴を断念。理由は MF ゴーストの章でも書いた通り、美少女系アニメが基本的にマイナススタートなことに加えて、到底時速 500km/h とは思えないレースシーンに違和感を覚えてしまったからだ。
完全アニメオリジナルストーリーなので物語の行方は気になるといえば気になるが、「よし見るか!」と思わせてくれるだけの魅力がレースシーンになかった。
最終回まで楽しめたアニメ
【アニメ】capeta|モーターレーシングが詰まった物語
幼い頃に母を亡くし、父子家庭で育った少年・平勝平太(カペタ)。ある日、父が廃材から手作りしたレーシングカートをきっかけに、彼の才能が一気に開花する。カートレースの世界でライバルたちとしのぎを削りながら、技術と精神力を磨き、モータースポーツの頂点を目指して成長していく物語である。
漫画原作は 2003 年から連載が開始され、アニメ放送は 2005 年から。アニメ版は物語前半のカート編は原作準拠で進み、後半のフォーミュラー編はアニメオリジナルとなっている。
筆者はアニメ版から capeta を見はじめ、アニメ放送終了後に漫画原作の連載を毎月追いかけるほどのファンになった作品である。
レースシーンの迫力とリアリティに違和感はあるものの、物語の面白さがその違和感を圧倒的に上回った。今年の 12 月からは、原作者の “曽田正人” 先生が手がける新しいモータースポーツ漫画が連載スタートするので、そちらも楽しみだ。
オーバーテイク!|人間ドラマ×モータースポーツ
写真家として行き詰まりを感じていた青年・眞賀孝哉は、取材で訪れた富士スピードウェイで、F4 ドライバーの浅雲悠が必死に走る姿に心を動かされる。結果が出ない現実に苦しむ悠を見た孝哉は、彼のスポンサーとなり「一緒に勝利を目指す」ことを決意。レースの厳しさ、家族との葛藤、チームの絆、スポンサーとしての責任など、複雑に絡み合う現実を乗り越えながら、二人が成長していく “人間ドラマ×モータースポーツ” の物語である。
モータースポーツを題材にしているものの、レースシーンは非常に少なめで、人間ドラマを中心に物語が進んでいく。レースシーンの迫力不足や違和感はあるものの、物語の引きが強く、気が付けば最後まで見ていた。
ドラマパートのアニメーションも非常にクオリティが高く、モータースポーツ好きのみならず、アニメ好きにも見てもらいたい作品である。
走行シーンの迫力不足とリアリティに対する違和感
2 話切りした作品も最後まで楽しめた作品も、両方に共通するのは「走行シーンの迫力不足」と「リアリティに対する違和感」である。
最近のクルマ系アニメは、アニメっぽい誇張表現を避ける傾向にある。それをリアリティと呼ぶのかもしれないけれど、モータースポーツの速度域というのは基本的に非日常であり、リアリティとは少しズレた位置にあると筆者は思っている。
リアリティを追い求めるが故に非日常感との違和感が広がり、さらに走行シーンの迫力がなくなる。そんな悪循環に陥っている気がする。
筆者的には、アニメっぽい誇張表現はどんどんやるべきだと思っている。アニメにおいて大事なのはリアルに描くことではなく、説得力ある描写だと思っているからである。
今後アニメ化されるであろう「MF ゴースト」の続編『昴と彗星』や、曽田正人先生の新連載マンガがアニメ化されるときには、このあたりが進化していることを切に願う。
まとめ|クルマアニメの未来に期待したい
クルマやモータースポーツを題材にしたアニメは、技術的なハードルも高く、リアリティと演出のバランスが難しいジャンルである。その中で、以下のことが今回の考察で改めて見えてきた。
- 走行シーンの迫力不足はそのまま作品の印象に直結する
- リアリティ重視が必ずしも“魅力的な演出”につながらない
- 多少の違和感があっても、物語の熱量が勝てば最後まで見られる
- アニメならではの誇張表現が、非日常を描く上でむしろ武器になる
筆者としては、今後アニメ化が期待される『MFゴースト』の続編『昴と彗星』 や、曽田正人先生の新作モータースポーツ漫画 が映像化される際には、誇張表現と説得力のバランスが大きく進化することを願っている。
モータースポーツアニメのポテンシャルは、まだまだこんなものじゃないはずだ。















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