モータースポーツにおいて、「速い人のセッティングを真似すれば速くなる」と考える人は多い。
確かに、上位ドライバーの車両は安定感があり、コーナーの立ち上がりもスムーズに見える。
その走りを再現できたら――そう思うのは自然なことだ。
しかし実際には、単純に真似することが速さにつながるとは限らない。むしろ、真似することで迷走してしまうケースも少なくない。
本記事では、筆者の経験をもとに“真似と参考の違い”“セッティングとドライビングの関係”“真似が持つ限界”を整理して解説する。
他人の速さに惑わされず、自分に合ったセットアップを見つけたい人に向けた内容である。
目次(クリックでジャンプ)
結論|筆者は基本的に真似はしない
筆者は、基本的に他人のセッティングを真似しない。
理由はシンプルで、「うまくいかないことが多い」からだ。
サスペンションの減衰力や空気圧、キャンバー角など、速い人の数値をそのままコピーしても、同じ結果にはならない。
路面状況、気温、タイヤの使用履歴、そして何よりドライバーの走り方が違えば、車の挙動はまったく別物になる。
セッティングは「感覚とデータの積み重ね」で完成していくもの。
誰かの数値を写しただけでは、その背景にある意図までは再現できない。
大切なのは、「自分のドライビングに合った方向性」を見つけることだ。
それが、最終的に速さと安定性を両立させる近道である。
「真似する」のと「参考にする」の違い
「真似する」は部品や数値をそのまま使うこと
「真似する」とは、他人の設定をそのまま自分の車に当てはめる行為である。
ダンパー減衰、キャンバー角、空気圧――それらを丸ごとコピーしても、同じ動きにはならない。
サーキットの路面温度が違えば、タイヤのグリップ限界も変わる。
同じ銘柄のタイヤでも製造ロットや使用回数が異なれば、反応は大きく異なる。
つまり「同じ条件」は存在しない。
結果、速い人の数値をそのまま再現しても、自分の走りにフィットする保証はないのだ。
「参考にする」は変化の“方向性”を試すこと
一方で「参考にする」は、変化の“方向性”を理解しようとすることを意味する。
たとえば「リアをもう少し安定させるために減衰を締めている」「曲がりやすくするためにフロントを少し柔らかくしている」といった調整意図を学ぶ姿勢だ。
その上で、自分の車と走り方に合わせて微調整を行う。
他人のセッティングを“きっかけ”にして、自分の最適解を探ることが重要である。
セッティングの本質は「理解」であり、真似ではない。
単に数値を写すのではなく、「なぜそうしているのか」を考えることで、上達のスピードが格段に変わる。
ワンメイクレースで勘違いされやすいこと
トップランカーが全員同じセットではない
ワンメイクレースでは、同じ車・同じタイヤで、ほぼ同じようなタイムで走るため、「速い人たちは全員同じセッティングを使っている」と思われがちだ。
しかし、実際にはトップランカーでもセッティングはバラバラである。
同じタイヤを履いていても、立ち上がり重視のドライバーとコーナー進入重視のドライバーでは求める挙動が違う。
アクセルを早めに開ける人はリアの安定を重視し、ブレーキで曲げるタイプの人はフロントの応答性を優先する。
つまり、速い人たちは「同じ車」を乗っていても、走らせ方はまったく異なるのだ。
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「最速セッティング」は存在しない
「一番速いセッティング」なるものは存在しない。
正確には、「その人が一番速く走れるセッティング」が存在するだけである。
プロドライバーでさえ、好みやフィーリングは大きく異なる。
一見すると似たようなセットでも、実際にはブレーキの初期制動やステア操作の角度、荷重移動のタイミングなどが異なり、挙動はまったく違う。
他人のデータを参考にしながらも、最後は自分の感覚を信じることが必要である。
セッティングはドライビングとの相性がすべて
セッティングは、ドライビングスタイルとセットで考えるべきである。
立ち上がり重視型、進入重視型、もしくは中間タイプなど、ドライバーの特徴によって必要となる車の動きが変わる。
たとえば進入重視のドライバーが、立ち上がり重視のセットを真似してもうまくいかない。
逆に、少しだけ方向性が違うセットを取り入れることで、苦手を克服できるケースもある。
この“相性の探り合い”がセッティングの難しさであり、同時に面白さでもある。
他人のスタイルをそのまま持ち込むと、車の挙動が自分の入力に対して遅れたり、過敏になったりして扱いにくくなる。
真似ではなく「相性」を見極めながら調整を重ねることが、結果を出すための鍵である。
筆者自身も過去に他人のセットをそのまま試した結果、タイムが落ち込んだり、セッティングの沼にはまったりと、何度も失敗を経験した。
それ以降は“自分の走り方を基準に考える”ことを徹底している。
真似ではオリジナルを超えられない
筆者が「真似しない」と断言する最大の理由は、真似ではオリジナルを超えられないからである。
オリジナルのセッティングは、長年の走行データと走り込みの中で築かれたもの。
その裏には無数のトライ&エラーがあり、数字のひとつひとつに意味がある。
表面的に同じ数値を設定しても、その意図や検証プロセスまでは再現できない。
つまり、真似で作ったセットは“コピー”であり、“理解の伴わない再現”にすぎない。
本当の速さは、自分で試行錯誤した先にしか存在しない。
筆者の競技ステージはレースであり、目標は常に1位。上位に食い込むためには、他人のやり方をなぞるだけでは不可能なのだと悟っている。
「真似」ではなく「創る」こと――それがオリジナルを超える唯一の方法である。
まとめ|真似よりも、自分に合う方向性を探そう

セッティングで速くなるための本質は、真似ではなく「理解」にある。
「速い人の真似=速くなる」ではなく、「速い人の考え方を学ぶ=速くなる」という発想の転換が必要だ。
真似はあくまで入口にすぎない。
本当の速さは、理解と経験の積み重ねから生まれる。
たとえ時間がかかっても、自分で試して自分の言葉で説明できるようになれば、その知識と感覚は確実に身につく。
他人のセッティングを追いかけるのではなく、自分の走りに合う車を作り上げていこう。
それこそが、ドライバーとしての成長であり、最終的に“本当に速くなる方法”なのだと思う。















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